🧠 AI プロダクト動向

2026-08-20 発行(読了 6 分)

実プロダクトのアーキテクチャ・使用例から AI 開発の現在地を週 3 回・1 号 1 テーマで深掘り

今号のテーマ MCP-TOOL-SCALING

接続ツールが増えるほど遅くなる問題 — コード実行と検索遅延ロードの2つの答え

MCP(Model Context Protocol)は2024年11月の公開から急速に普及し、2026年にはエンタープライズ環境で1万以上のMCPサーバーが稼働する規模になった。だが接続先が増えるほど、起動時に全ツールのスキーマをプロンプトに詰め込む素朴な実装はコストと精度の両面で限界を迎える。Anthropicが公式ブログで具体的なトークン数を示したのを皮切りに、Cloudflareが独立に同じ結論へ辿り着き、専業プロダクトが定型実装として提供し始めたことで、「起動時に全部渡さない」設計が急速に標準化しつつある。

TL;DR — 3 行で
📐 パターン 1: 起動時に全ツールを渡す設計はもう破綻している

MCPサーバーへの接続数が増えるほど、エージェントは実際のリクエストを読む前に大量のツール定義を処理することになる。Anthropicの公式エンジニアリングブログは、数千のツールに接続したエージェントは「リクエストを読む前に数十万トークンを処理する必要がある」と説明し、さらにツール呼び出しの結果(例えば2時間の会議の文字起こし)がモデルのコンテキストを2回通過することで5万トークン以上が追加消費される例を挙げている。

この無駄を解消する方法としてAnthropicが示したのが、MCPツールを直接呼び出すのではなく./servers/google-drive/getDocument.tsのようなコードAPIとしてファイルシステム上に提示し、エージェントにコードを書かせて操作させる方式だ。モデルはファイルシステムの探索が得意なため、必要なツール定義だけをオンデマンドで読み込め、結果もコード内でフィルタしてから返せる。中間状態や再利用可能な処理は「スキル」としてファイルに永続化できる。

Anthropic(公式エンジニアリングブログ, Code execution with MCP)
MCPツールをコードAPIとしてファイルシステム上に提示し、エージェントがコードを書いてオンデマンドで読み込み・実行する
同一タスクのトークン消費を150,000から2,000(98.7%減)に削減したと具体的な数値付きで報告し、中間結果のコード内フィルタリングと「スキル」としての永続化も提案している
📄 一次ソース
示唆: MCP接続先を増やす設計をするなら、起動時に全スキーマをシステムプロンプトへ詰め込む実装は最初から避け、ツール定義を必要になった時点で読み込む経路を用意する。
📐 パターン 2: コード実行と検索遅延ロード — 同じ課題への2つの答え

Cloudflareは公式ブログで、AnthropicのCode Executionと同じアーキテクチャに独立に到達したと明かしている。根拠は「LLMは現実のコードを大量に学習しているが、ツール呼び出しの例は限られた作り物にすぎず、コードを書かせる方が得意」という洞察で、MCPツールをTypeScript APIへ変換しLLMにコードを書かせ、サンドボックス化された隔離環境でミリ秒単位の起動時間で実行する。異なる2社が独立に同じ結論に達したことは、この設計が特定ベンダーの都合ではなく構造的な必然であることを示している。

一方Anthropicはコード実行とは別に、既存のtool-calling形式を変えずに済む代替案として「Tool Search Tool」も公式に提供している。BM25または正規表現でツール定義そのものを検索し、一致したツールだけをdefer_loading: true指定で遅延ロードする仕組みで、コード実行基盤を持たないクライアントでも導入できる。両者は排他的な選択肢ではなく、任意のコードを書かせられるかどうかで使い分けるものだ。

Cloudflare(公式ブログ, Code Mode: the better way to use MCP)
MCPツールをTypeScript APIに変換しLLMにコードを書かせ、サンドボックス化された隔離環境で実行する
「LLMはツール呼び出しの作り物の例より、大量の実コードを学んでいる」という洞察を根拠に挙げ、AnthropicのCode Executionと独立に同じアーキテクチャへ到達したと明記している
📄 一次ソース
Anthropic(公式ドキュメント, Tool Search Tool)
コード実行ではなくBM25/正規表現による検索でツール定義自体を遅延ロードする代替案
191,300トークン対122,800トークンで85%のコンテキスト削減を報告し、Opus 4のMCP評価での成功率が49%から74%へ改善したとしている
📄 一次ソース
示唆: サンドボックスでコードを実行できる基盤があるならコード実行方式、既存のtool-use形式を維持したいなら検索遅延ロード方式、という基準で選ぶ。
📐 パターン 3: 製品として実装するとこうなる — 4段階の問い合わせに強制する設計

Klavisは公式ブログで、数千のツールを一つのMCPサーバー(Strata)の裏に集約し、エージェントの問い合わせを「意図の表明 → カテゴリ選択 → アクション名の一覧 → スキーマ取得」という4段階に強制する設計を公開した。各段階で得られる情報は最小限に絞られ、エージェントが実際に実行するアクションを確定させるまで完全な入力スキーマは渡されない。

この段階分けは、AnthropicやCloudflareが示したコード実行・検索遅延ロードと発想は同じだが、クライアント側の実装を変えずにMCPサーバーを差し替えるだけで導入できる点が異なる。Klavisはこの構成で60〜80%のコンテキスト削減と13〜15%の精度向上を報告しており、既製品としての「遅延ロードゲートウェイ」という選択肢が実用段階にあることを示している。

Klavis AI(公式ブログ, Introducing Strata)
数千のMCPツールを1つのゲートウェイに集約し、意図表明→カテゴリ→アクション名→スキーマの4段階でしか情報を渡さない
60〜80%のコンテキスト削減と13〜15%の精度向上を報告し、クライアント側の実装を変えずに導入できる既製品としての遅延ロードを提示している
📄 一次ソース
示唆: 自前でコード実行基盤や検索遅延ロードを組む余裕がないなら、Strataのような遅延ロード専用のMCPゲートウェイを間に挟む選択肢がある。
✍️ 編集後記 この半年の動きは「ツールを絞り込む賢いプロンプト」ではなく「そもそも何を渡すか」というアーキテクチャの問題として決着しつつある。Anthropicが自社製品内でコード実行と検索遅延ロードという2つの答えを並行提供し、Cloudflareが独立に同じ結論へ、Klavisのような専業プロダクトが定型実装として広めている。次にMCP接続先を増やす設計をするなら、まず自分たちがコードを書かせられる基盤を持つかどうかから選択肢を絞るとよい。
🔗 今号の動向ピックアップ
📚 過去号
2026-09-15
エージェント実行基盤のマネージド化 — 3社が同時に「実行環境を貸す側」に回ったOpenAIが9月10日、Codexハーネスをagents/environments/sessions/eventsの4プリミティブに集約した Agents API を公開ベータで公開。基盤自体の追加課金はなくトークン・ツール実費のみ。
2026-09-12
コンテキストは会話ログではない — Working Context / Session / Memory / Artifacts への分離が実装標準になったGoogle ADKは2026年9月、コンテキストを Working Context・Session・Memory・Artifacts の4層に分離し、閾値到達で非同期に要約するcompactionを実装したと公式ブログで説明した。
2026-09-10
Agent Skills という第3のレイヤー — プロンプトでもRAGでもなく「必要になるまで読まない」設計Agent Skillsは「メタデータ(~100トークン)→本文(<5000トークン推奨)→付随ファイル」の3段階でコンテキストに読み込む、プログレッシブディスクロージャー設計。
2026-09-08
エージェント評価の再設計 — テキスト一致から状態検証、そして「修正がテストになる」仕組みへAnthropicはテキスト一致の判定から、環境の状態が実際に変わったかを見る outcome/state チェックへの転換を公式に推奨している。
2026-09-03
長時間稼働エージェントの状態管理 — 「会話の保存」から「プロセスの永続化」へGoogle ADKやMastraは、ツール呼び出しなどステップの境界ごとに実行状態をシリアライズして外部ストレージに書き込み、コンテナが落ちても直前のステップから再開できる設計に収束している。
2026-09-01
コードレビューエージェントの設計 — 差別化は検出率ではなく、文脈の取り方と『直すところまで』の範囲に移ったGitHub Copilot・Qodo・Cursor Bugbot・Cloudflareの内製ツールが、diff単体の解析から脱却し、リポジトリ全体・PR履歴・過去の指摘への反応まで動的に文脈を取りに行く設計へ収束している
2026-08-29
構造化出力は「お願い」から「強制」へ — 3社がグラマー制約デコーディングで足並みを揃えた2026年OpenAI・Anthropic・Google の主要3社が、JSON Schema をトークン生成レベルで強制する「グラマー制約デコーディング」に共通で対応した
2026-08-27
マルチエージェント協調 — 割っていいのは「コンテキストの切れ目」だけAnthropic は Research 機能で並列サブエージェントを使い内部評価で90.2%の性能改善を報告するが、トークン消費は通常の約15倍になるとも明記している。
2026-08-25
エージェントのメモリ設計 — 生ログでも単一要約でもなく、書き換え可能な単位に分解するClaude は2026年7月、記憶を単一のローリング要約から個別の書き換え可能なエントリへ移行。ChatGPT は非同期の「Dreaming」処理で古い事実を時制ごと書き換える。
2026-08-22
プロンプトキャッシュはコスト最適化ではない — 「プレフィックス固定」というアーキテクチャ制約キャッシュ命中率はもはや副次指標ではなく、Manus はこれを「本番エージェントで最重要のメトリック」と明言している。
2026-08-18
MCPエージェントの認可設計 — 同意画面を「増やす」実装と「無くす」実装に分岐したMCPの権限設計は「サーバー単位のOAuth」から「ツールごとのスコープ」へ移り、WorkOSやCloudflareが個別ツール内での権限チェックを標準パターンとして提示している。
2026-08-15
エージェントの評価・観測性 — 「最終出力の一致」から「軌跡(トラジェクトリ)の妥当性」へAnthropic は Tasks/Graders/Transcripts の三要素でエージェント評価を構造化し、1回でも成功する確率 pass@k と毎回成功する確率 pass^k を分けて計測する運用を提示した。
2026-08-13
モデルルーティング — 1モデルに全部背負わせない設計が標準になったVercel AI GatewayやGitHub Copilot Autoは、ヒューリスティック分類→難易度ティア判定→プロバイダ違いのフォールバック、という二段構成のタスク別ルーティングをすでに標準実装にしている。
2026-08-11
コンテキスト圧縮はどこで行うべきか — API・モデル訓練・ハーネス、3層に割れた実装場所Anthropic は compaction をサーバーサイド API のオプションとして実装し、モデル本体は変更していない
2026-08-08
エージェントのコード実行基盤 — サンドボックスは「重い専用マシン」と「軽いアイソレート」に分かれ始めたCloudflare Sandboxes と Vercel Sandbox はどちらも「持続する専用マシン」型サンドボックスをGA化し、スナップショット復元でコールドブート30秒を2秒程度まで縮めた。
2026-08-06
RAG 構成パターンの現在地 — 二段構成の次は、検索そのものをエージェントに埋め込むPerplexity は Vespa 上で lexical・embedding のハイブリッド検索から cross-encoder rerank へ絞り込む多段構成を採り、Databricks は同じ構成を単一パラメータで追加できる機能として一般化した。
2026-08-04
ワークフロー型 vs エージェント型 — 複雑さを足す前に何を確かめるかAnthropic は「経路を誰が決めるか」で workflow と agent を定義し、単純な方から試すべきだと明言している。
2026-08-01
コンテキストエンジニアリング — 「何を見せるか」ではなく「何を見せないか」を設計する事前に全部読み込むのではなく、ファイルパスやURLなど軽量な参照を渡して実行時に取得する「Just-in-Time retrieval」がCursorやAnthropicの標準手法になった。
2026-07-30
マルチエージェント協調 — 「書き込みを一本化する」が唯一の合意点になった理由Cognition は2025年、複数エージェントの並行書き込みが矛盾した判断を生むとして「マルチエージェントを作るな」と主張したが、2026年4月に態度を転換し「書き込みは一本化し、エージェントは行動ではなく知性を提供する」構成に絞って実例を公開した
2026-07-28
エージェントのメモリ設計 — 保存容量ではなく「書き込みの境界線」を設計するAnthropic は Claude Managed Agents の記憶をファイルとして保存し、監査ログ・ロールバック・スコープ別パーミッションを標準機能として public beta で提供している
2026-W30
エージェントの評価・観測性 — 「良さそう」を数値にする前に何を測らないかを決めるAnthropic は Claude Code の品質劣化が6週間、内部の eval・コードレビュー・単体テストをすべてすり抜けていたと自ら公表し、変更ごとの広範な eval とソーク期間の導入を表明した